2011/07/12

宮城県南三陸町へ届ける食品パッケージプロジェクト

2HJでは6月から毎週木曜日に、ボランティアのみなさまの協力を得て約300箱食品のパッケージを作り、南三陸町のボランティア団体を通じて仮設住宅に住む約1400世帯に定期的に届けています。パッケージの内容は、お米、お味噌、醤油などの調味料、乾燥食品、お菓子などです。実際どのようなところへ届けられているのか視察を兼ねて、7月15日(金)にパッケージ配布のお手伝いをさせていただきました。

2HJの食品パッケージ作りの作業風景


南三陸町に食品パッケージが届き、現地の団体が使用するトラックに積み替えました


初めに訪れた所は、元々林間学校やキャンプなどで使用されていた土地に建てられた仮設住宅約90世帯、もう一カ所は、小学校のグラウンド横の約50-60世帯です。


1ケース20kg以上あるパッケージを各家庭に届けました


津波が襲って来た際、お母さんが赤ちゃんをタオルに包み

命からがら高台へ逃げたそうです。


ほとんどの方が漁業を営んでいましたが全て津波で流されてしまい仮設住宅で厳しい生活を強いられています。近くにスーパーも無いため買い物へ行くにも40分程掛かるので、食品のパッケージは大変喜ばれました。パッケージを受け取った方々から「わざわざ東京からありがとう」と言っていただきました。


各パッケージに、海外のこども達から届いた応援メッセージを添えています


仮設住宅に住んでいる方々が、安定した収入を得られるには長期間掛かります。一人で住むお年寄りは、買い物へ行くこともできません。食品パッケージのニーズはとても高く、今後も継続して届ける必要があります。



パッケージ作りのボランティアを募集中

毎週木曜日

AMシフト:10:00-12:30

PMシフト:13:30-16:00

場所:2HJ http://2hj.org/index.php/get_involved_j/map_j

参加希望の方は、volunteer@2hj.org へ日程とシフトお申し込みください。


2011/07/07

岩手での活動報告

私たちセカンドハーベスト・ジャパン(以下2HJ)は3月の後半より岩手県へも支援を行っています。現在は2週間に1度のペースで大船渡を中心に食品等の支援物資を運んでいます。
大船渡市内には2HJと連携を図りながら精力的に活動している団体が3つあります。

その1つが大船渡サポートネットワーク・センター(OSN・C)という地元の有志により結成された団体です。活動内容としては多様な支援物資の調達から配送、ボランティアの受け入れ、さらには定期的にイベントを企画して再び元気な大船渡の再生を目指しています。
5月29日に開催されたイベント「やっペし祭」には、なんと2,000人以上が集まりました。


フェイスペインティング「やっぺし祭」にて


7/10に開催されるイベント























OSN・Cメンバーと




















2つめは「さんさんの会」
大船渡市内でイタリアンレストランを営むオーナーが中心となって毎日2,000食を作り、避難所や仮設住宅へ届けています。このオーナーが非常にユニークな人で多くの人を惹き付け活動に大きな広がりを見せています。今後、仮設住宅への入居が増える中で、食事を継続的に届けながらしっかりと見回り「高齢者の孤独死を防ぎたい」と熱く真剣に語ってくれました。

さんさんの会の活動拠点であるリアスホール



















厨房での食事作り


















さんさんの会メンバーと



















3つめは「All Hands」
オールバンズは世界中で起こる自然災害の支援に特化したアメリカに母体がある非営利の団体です。日本での支援活動も、世界中から集まったボランティアが、大船渡市と陸前高田市を中心に瓦礫の撤去作業を日々行っています。自国ではない遠い日本の地で、地道に黙々と作業する姿に被災者はとても勇気づけられると言っていました。オールバンズを通じて、陸前高田市への食料の提供も行なっております。

避難所にて


















オールハンズの拠点にて


















私たちセカンドハーベスト・ジャパンはこの3団体との連携をさらに強化し、大船渡という地にフードバンク活動が生まれそして根付くことを目指しています。一過性の支援で終わることなく、現地主導型の継続可能な仕組みを作っていくことが中長期的に見て重要であると考えます。そのためにもさらに多くの地元の活動家/団体とつながっていけるよう2HJも歩み続けます。


多くの方々よりいただいた支援金はセカンドハーベスト・ジャパンを通して被災地への支援物資提供及びフードバンクシステムの構築のために活用させていただきます。



2011/06/07

6/4(土)南相馬での物資配給の様子(ビデオ)

6月4日(土)にセカンドハーベスト・ジャパン(2HJ)とセーブ南相馬の皆さんで協力して、南相馬市の鹿島にて被災地の家庭に食品配給を行いました。こちらは津波の被害を受けた沿岸部から約2キロ、福島第一原発からは30キロの地点になります。キャプションが英語になりますが、雰囲気がおわかり頂けるとと思います。



ご協力いただいた全ての方に感謝します。2HJは引き続き、被災地の方々への支援を続けていきます。今後とも皆さまのご支援どうぞよろしくお願いいたします。


2011/06/04

沖縄県宮古島から始まった黒糖プロジェクト

〜たくさんの人の想いを東北へ届けました〜

3月末に「東北へ太陽(ティダ)の恵みを!プロジェクト」の方から、ぜひ多良間黒糖を被災地へ届けたいと2HJにお問い合わせがありました。このプロジェクトは「宮古島市民をはじめとする有志の資金(募金)により多良間島産黒糖を購入、支援ボランティア団体を通じて被災地に贈呈する」活動です。2HJに送られてきた黒糖を、関東の学校や企業などのグループボランティアの皆さんが黒糖を小分けにして、2HJが被災地へ届けました。

 〜東北へティダの恵みを!プロジェクト〜
事務局 田口ゆり子さんからのメッセージ

沖縄では畑仕事や肉体労働の休憩にしろ、ゆんたくのひと時にしろ、輪の中心にはいつも黒糖のかけらがあって、その甘みと栄養に私たちは和みや元気をもらってきました。ほんものの黒糖は糖分だけでなく、ミネラルが豊富だからです。

未曾有の震災以来、連日連夜TVに映し出される被災地の惨状と、苦しみに耐える避難所の人々の様子に、胸の潰れる思いをしつつ、でもこんな遠くから一体何ができるんだろうという無力感に苛まされていたところに、ある一つのアイデアが持ち上がりました。 黒糖を被災地に届けよう!宮古・多良間の人たちと、沖縄を愛する全国の人たちに呼びかけて、みんなで多良間島黒糖を買って被災者の方々に贈ろう! 混 ざり物のない黒糖は誰もが安心して食べられる自然食品。ほろほろとやわらかいので、咀嚼や嚥下に難のあるお年寄りや幼児がそのまま食べても大丈夫。何よ り、素朴な甘みと自然の滋味はお年寄りにも好まれる味であり、人々の心を癒すことができます。さらに、常温管理が可能で保存性が高く、混ざりものがないの で、調味料として炊き出しにも使える・・・ほんものの黒糖は、被災地の、避難所の人々にきっと役立つ! こうして私たちのすぐ身近にある宝物、沖縄でたった7つの島にしかない製糖工場のひとつでつくられる、世界に誇れるほんものの黒糖『多良間黒糖』を贈る市民活動「東北へ太陽(ティダ)の恵みを!プロジェクト」が始まりました。

賛同者の熱い思いが製糖工場(宮古製糖株式会社)の大いなる協力を取り付け、第一弾として約1トンの多良間黒糖の出荷が決まりました。生産が追いつかないという一口サイズのバラ黒糖は1割ほどで、残りはなんと30キロの塊です。 実は、昨今の不況のあおりや安価な外国製品や類似品の流通で、ほんものの沖縄黒糖が在庫過剰に陥っているという現実に心を痛めていた私たちは、多良間黒糖のPRと在庫の”買い加勢“にも貢献したいと願っていました。ところが在庫のほとんどは塊状の業務用。被災地への贈呈には使えないと落胆し、一度は諦めたのでした。 しかし被災地の支援活動を展開しているセカンドハーベスト・ジャパンの有り難いお申し出により、この黒糖塊が受け入れてもらえることなったのです。「おかげさまで毎日たくさんのボランティアさんが(東京事務所に)来てくださるので、みんなでコツコツとトンカチで割って小分けして(東北の)被災地に送ることにしました」と。

プロジェクトには予想を上回る反響と募金が寄せられています。沖縄県の長寿を支え、戦争では防空壕の中で過ごした人たちを生き延びさせた重要な食品である黒糖を今、16万人にものぼる避難所生活の人々に、たくさんの“心”とともに一日も早く届けたい。わたしたちの暮らしを支えるサトウキビ産業の振興にささやかな貢献にもなるこのプロジェクトが多くの方々に支えられ今、大きな展開を見せていることに心から感謝し、宮古方言で謝辞を申し上げます。  

たんでぃが~たんでぃ。



〜宮古島から2HJへ〜
4月13日に東京へ出荷されました

黒糖約1㌧を被災地に向けて出荷する市民グループと宮古製糖のみなさま
提供:宮古毎日新聞社


〜黒糖ラッピングプロジェクト〜
ひとつ30キロもある黒糖を砕いて小分けにする作業に、多くのボランティアグループが参加して下さいました。


〜横浜市立横浜商業高校〜
GLOCAL-Y部を中心に、たくさんの生徒さんにお手伝いいただきました!
30kgの塊を8個、計240kg(!)の黒糖を、一つ一つメッセージカードを入れてラッピングしました。


横浜市立横浜商業高校のみなさま、ありがとうございました!


〜東京横浜ドイツ学園〜
ドイツ学園の子ども達がラッピングした袋には一つ一つにメッセージや可愛い絵が添えられていました。
ドイツ学園のみなさま、ありがとうございました!


〜ダノンウォーターズオブジャパン株式会社・ダノンジャパン株式会社 × 女子栄養大学〜
ダノンウォーターズオブジャパン株式会社、ダノンジャパン株式会社のみなさまには2HJ事務所にお越しいただきました。作業がとっても早く、あっという間に目標の3箱を終えることができました。女子栄養大学のみなさまは、事前準備から作業をお手伝いいただきました。

〜ダノンウォーターズオブジャパン株式会社から参加されたボランティアのメッセージ〜
今回の震災で、私たちは水を取り扱っている会社として社会のインフラの一部を担っていることを今さながら強く意識しました。これからも私たちに何ができるんだろう何をすべきなんだろうと会社全体で考え続けて行こうと思っています。今回のボランティア活動は、チームワークを強化できる機会になりました。いちボランティアとして他の人達との共同作業が楽しかったです。とても良い経験になりました。


ダノンウォーターズオブジャパン株式会社のみなさま、女子栄養大学のみなさま、ありがとうございました!



〜想いがこもった黒糖を東北へ〜
岩手県大船渡市の避難所に届けました。黒糖のやさしくて同時に力強い甘さはみなさんに大好評でした。

※ 黒糖プロジェクトは、6月に第二弾が行われます。


2011/05/27

南相馬で物資配布を行いました

5月21日、セカンドハーベストジャパンは有志の団体「セーブ南相馬プロジェクト」と協力して「道の駅南相馬」で2回目の物資配布を行いました。

今回は3台のトラックで生鮮食品(野菜、ウインナー、卵)、牛乳、水、菓子、マスク、タオル、高齢者用オムツなどおよそ10トンの物資を用意しました。















早朝4時半にトラックが現地に到着した時にはすでに50人程並んでいる方がおり、5時過ぎより受付を開始、整理券の配布を始めました。最初の200人分の整理券は70歳以上の高齢者と身体の不自由な方に優先して割り当てられ、一般の方は201番から並んでいただきました。
















整理券は800人分で終了。それ以降は受け取れる物資が少なくなることを前提に並んでいただきましたが、最終的に配布開始の7時から終了の9時半までの間に1126人の方々に物資をお配りすることができました。たくさんの方に「わざわざ東京から南相馬のために来てくれてありがとう」「次はいつになりますか?」と声をかけていただき、喜んでいただけて嬉しいのと同時に皆さんの期待の大きさを感じました。
















配布スタッフはセカンドハーベスト、セーブ南相馬プロジェクト、地元南相馬鹿島地区の皆様、その他福島県各地からの応援を合わせて40人以上に登り、この方々のご協力なくして今回の物資配布は実現しませんでした。この場を借りて深く御礼申し上げます。
















地震・津波の被害だけでなく、原発に対する不安をかかえる南相馬をどのような形で支援できるのか、今後も模索していきたいと思います。

2011/05/25

ボランティアストーリー:インターナショナル・セカンダリー・スクール(ISS)

セカンドハーベスト・ジャパンの震災支援活動のために、多くの方が各地で募金活動を行ってくれています。学校での取り組みもありますが、今回ご紹介するインターナショナル・セカンダリー・スクール(ISS)もその一つです。 

ISSでは、最近東北での震災支援のためにいろいろなイベントを開催して募金を募り、それをセカンドハーベスト・ジャパンを通じて活用することに決めました。ウォーカソンのイベントで236,196円、ベークセールで15,100円、映画の上映会で31,908円、バラエティーショーで22,521円を、また東京インターハイスクールの生徒もこの募金活動に加わり、100,680円を集めました。合計で406,290円が2HJに寄付されました! 




ウォーカソンの様子



























セカンドハーベスト・ジャパンでは、こうしていただいた募金は被災地への食料や物資提供のために使わせていただきます。 

ISS 、東京インターハイスクールをはじめ、こうした募金活動で支援を行っている多くのボランティアの皆さまに心から感謝申し上げます。皆さまの善意は、セカンドハーベスト・ジャパンがしっかりと必要とする方達に届けます。

皆さまの暖かい支援に心より感謝申しあげます。


2011/05/12

宮城県南三陸町で炊き出しをしました!

2HJレギュラーボランティア2名と共に4月25日〜27日の2泊3日で計4回、

宮城県南三陸町志津川の方々に食事を提供しました。

2HJは毎週土曜日に東京の上野公園で炊き出しを行っていますが、

今回は現地からの要望により初の “出張炊き出し”が実現しました!

志津川近辺の建物は、津波の影響で壊滅的な被害を受けましたが、

高台にある生活センターは無事残りました。

周辺に住む方々にとってセンターは物資の分配や炊き出しだけでなく、

情報交換や話し合いの場としても重要な場所となっています。

この地域は、未だ水道と電気が通っておらず各自で料理ができないことから

センターでは毎日朝食と夕食が提供されています。

約20名はセンターで食事をしますが、ほか150〜200名は、

自宅、共同で生活している家や別の避難所へ持ち帰ります。

地震後毎日地元の方々が当番制で食事を作っていますが、

食材や物資も限られている中で毎日約200名の食事を提供するのはとても大変です。

2HJ炊き出しチームは、現地で手に入りにくい野菜、魚、納豆、デザートや果物を

トラックに積んで現地へ向かいました。

夕食時に提供したデザートのケーキはとても喜ばれました。

「震災後は誕生日のお祝いをしていなかったけど、

いただいたケーキでささやかな誕生日会ができた」と言っていただきました。

志津川で生まれ育ったおばあちゃん達は、朝食の玉葱入りクリームスープを

「生まれて初めて食べた」と珍しそうに食べて、

それから昔に給食で飲んだ脱脂粉乳の話をしていました。

私たちができることはほんの小さなことでしたが、

一時だけでも震災の話から食べ物の話題に移ったことが嬉しかったです。

志津川では元々センターを中心に人と人との繋がりがあったからこそ、

全てを失ってしまい不安な中でも支え合い元気に生活できていると思います。

ひとつの大きな家族のようなところに、

私たちを温かく受け入れてくださった志津川の皆様に感謝いたします。  

2HJボランティアコーディネーター 高原 恵


※ センターでの炊き出しは終了しましたので、現在ボランティアは募集しておりません。


2HJボランティア園田さんより:

東日本大震災におきまして、被害にあわれた皆様に心よりお見舞い申しあげるとともに、

犠牲になられた方々とご遺族の皆様に対し、深くお悔やみを申しあげます。

さて今回三度目の被災地支援活動となるが被災者の方々に実際お会いするのは初めての事だ、

どういう対応や会話をすれば良いのかなどと当初戸惑っていたが、すぐにうち溶けた。

今回お世話になった施設は公民館の様な所で集会所や小さな部屋があり炊事場もある、

水道、電気は遮断、ガスはようやくプロパンの設備で守られている、

私など水が出ないと解っていても、

ついつい蛇口に手が出るし電気のスイッチを押してしまう、

便利すぎる生活に溺れていたのが今回良く分かった、

皆さんと同じ生活を経験し特にそのことを感じる。

色々お話を聞く機会があった、、、ある主婦、

七分前までネットショッピングをしていて気がつけば、

車、家、街、が無くなっていたそして家族、

畑にいて下に見える家が流されるのを呆然と見るしかないおばあちゃん、

当たり前の生活が一変しどうしようもなくこの場所に集う、

でもとにかく明るい方々だったのでこちらも自然とそんなペースに巻き込まれていた、

その明るさの裏には我々が想像する以上の先程のような悲惨な事実を

それぞれお持ちになっている。

三日間だったけど炊き出しを通じて元気をお裾分け出来たかな?

村の方達が「なつこちゃん、こゆきちゃん」などと

みんなニックネームで呼びあうくらいコミュニティーが

完成し皆で協力し助け合っておられた。

色んな考えもあるが是非これからも協力して復興していってくださることをお祈りします。

そして継続的に今後もお手伝いが出来ればと考える。


2HJボランティア渡邊先生より:

気の合う仲間と充実感ある活動での2泊3日でした。

困難な中で明るさを保ち、快く受け入れてくれた現地の人たちとの触れ合い、電気が使えず、

水も不自由な生活は便利さに慣れ過ぎた自分を考え直すよい機会になりました。

50年振りのつるべ井戸で懐かしさと楽しさも味わえました。また、行きたいです。